院長の「JoJoブログ」

故郷

2015-08-10 22:25:05投稿

広島市内で生まれ育ち、被爆2世でもある私。
仕事その他で、広島には年に何回かはでかけているが、平和公園にはもう何十年も行っていない。

戦後70年の節目の年、週末に広島で泊まることになったので、朝早く起きて、平和公園の近くを走ることにした。
70年前の8月6日と同じように、よく晴れた夏の朝、平和大通りを走っていると、被爆者の慰霊碑が公園外にもあることを知る。平和祈念式典が3日前に行われていたので、千羽鶴とお花がそえてあり、立ち止まって手を合わせる。
平和大橋を渡りながら、この川に何万人もの人が亡くなったんだと思いをはせる。

小学生のとき、毎年のように、平和公園写生大会に参加していた。5年生のとき、広島市長賞をいただき、その時にもらった自分の絵が印刷されたたては、40年近くたった今も大切に持っている。
そのころ公園の片隅に座って、絵をかいていた自分を思い出しながら、公園内をゆっくりと走り、慰霊碑ごとにてを合わせていく。
世界遺産、原爆ドームも相生橋の向こうからはいつも見ているけれど、すぐ近くにいって見たのは、30年以上はたっている気がする。思わず目を閉じて黙とう。

記念式典に臨時に建てられたテントの撤去作業、広島市長や安倍総理が手向けた花輪の数々、何万もの折り鶴などをみながら、ゆっくりと公園内を走り、平和に思いをよせる朝。

被爆二世として、伝えていかなければならないことがある・・・