院長の「JoJoブログ」

グラミーの死に思う

2018-04-22 23:57:37投稿

 普段、魚料理を何も考えずにたべているが、金子みすゞの有名な詩「大漁」にもあるように、人間の食べる動物たちにも、人生(?)というものはあり、彼らの「お弔い」の時は、人間に捕まった時だ。
でも、動物たちの中では、食べられない動物のほうが圧倒的に多く、野生で保護されるものもあれば、ペットとして飼われるものもあり、これもまた、人間のエゴ。

まあ、地球のいろいろな部分は、人間の手によって成り立っているので、仕方ないんだけれど、去年の8月からわがクリニックの待合室に登場した熱帯魚の水槽で、先発メンバーの1匹だったネオンドワーフグラミーが死んでしまい、なんだか色々と考えさせられた。

水槽の管理はメインテナンスのプロに委託しているので、クリニックでの作業は、餌をやることと、死んだ魚を取り出すことだけ。実際、素人では、きれいに水を保つのは、かなり難しいし、水槽を置いた目的は、待合室の癒しなので、見栄えが良いことが最優先。魚たちも、見られるために存在しているのであり、すいすい泳いでいればOKと思っていた。
水槽全体では、15種類くらい、80匹前後の熱帯魚が泳いでいるんだけど、8か月の間、平均して、1週間に1匹くらいの割合で、魚が死んでいった。
これまで死んだ魚のほとんどは、気づくと浮いていたり、沈んでいたりしていて、「あ、死んでるな」と、すくって捨てるだけ。メインテナンスの方に、魚が減っていれば追加してもらう感じで、数もあまり減らない状態をキープ。

もともと、特別熱帯魚に興味があったわけでもないし、知識もなかったとはいえ、毎日水槽を眺めていると、何となく、魚たちの性格というか、特徴というか、動き方などにも個性があることが分かってくる。餌をやるときの反応だったり、メスの後を追うオスの姿だったり、じっと見ていると、結構時間がたつのも忘れてしまう。ちょっと嫌なことがあっても、何となく気持ちが落ち着き、まさに、癒しの効果を実感してきたし、魚に対しても、可愛いなという気持ちを持つようになってきた。
ただ、水槽にいる魚が死ぬ瞬間というものを見たことはなく、「見たら死んでた。」というだけで、特別死んだ魚に対してそれほど悲しむことはなかった。一般的に、食べる魚についても、水から上げれば、すぐに死ぬわけで、いつのまにか魚ってのはすぐに死ぬんだという認識になっていたような気がする。
ところが、2週間くらい前から、2匹いるうちの、1匹のグラミーが、口を水面に向けて、縦になっている姿を時々見るようになった。「魚が餌を食べる目的以外で、上をむくなんて、おかしいよな。」とは思っていたけれど、気づくと、普通に泳いでいるし、そういうもんなのかと勝手に納得。
けれど、日に日に、縦になっている回数が増えていき、「こいつ、弱っているに違いない。」と考え始めた。それでも、初めに変だなと思ってから、1週間以上たつし、普通に泳いで、餌を食べることもあったので、やっぱり大丈夫なのかと思ったころ、ついに、上を向いて縦になり、水面で口を出してぷくぷく泡を吐いた直後に、今度は急降下して、砂面に落ちていき、横たわったのを目撃して、「あ、死ぬんだ。」と確信した。その後も、気になって、じっとみていると、底に寝たまま口をパクパクしたかと思うと、少し泳いで浮き上がるというのを、何度か繰り返すようになった。横たわっているところに、水槽の掃除屋であるアルジーイーター(ナマズの一種)が勢いよく泳いできてつつかれる様子は、あまりに可哀想だった。1時間くらい観察し続けていても、苦しそうにしているだけで、死ねない感じなので、私もあきらめて、「間違いなく朝までには死んでるはずだから、朝きたときに、すくってあげよう。」と思い、その日はクリニックを後にした。そして、次の日、着いてすぐ、水槽をのぞくと、底に横たわったグラミーが、なんとまだ、口をパクパクしていた。死ねそうで死ねない5cmほどの小さな魚。病棟で働いていたころ何度かみた患者さんの最期と重なるものがあった。
今まで自分が見てきた魚の死は、死んだ状態をみるか、釣りなどで、水からあがって鰓呼吸できなくなった魚だけで、泳いでいた魚が命尽きるときって、こんなにも苦しむものだったのだと、初めて知らされた。魚でも同じ生き物だったんだ・・・
その後、ずっと見るのがつらくなり、1時間おきに見に行くと、そのたびに、横たわっている位置が移動しており、さらにつらくなった。そして、3時間後、岩の隙間にはさまって、動かなくなっていた。

朝焼け小焼けだ
大漁だ
大羽鰮(いわし)の
大漁だ
浜は祭りのようだけど
海の底では何万の
鰮(いわし)のとむらい
するだろう